游々生薬街 チトワン(ネパール) 2025
昨年に続き年末年始をネパールで過ごし、今年は四十数年ぶりにチトワンを訪れた。
オートリキシャ(三輪タクシー)に揺られながら周りを見渡すと一面カラシ菜(菜の花の一種で油を採る)の黄色い花が咲き誇り、風に運ばれあの独特な匂いが鼻腔を刺激する。ああ、帰って来た。
チトワンはネパール南部のインドとの国境沿いに広がるタライ平原に位置する。元々はジャングルであったところをマラリヤを撲滅して切り拓き耕作地としたが、現在でも数多くの野生動物が生息しチトワン国立公園として保護されている。
ネパールの結核医療に尽力された故岩村昇ドクターのプロジェクトの一環で、生活水準を向上させなければ結核は無くならないとの考えに基づいた農業技術支援者を送り出す活動に関わったのがチトワンとの出会いである。その農場がチトワンにあった。
最初に訪れたのは大学3年生の夏休み。友人と二人、首都カトマンズからおんぼろバスを乗り継ぎ、未舗装のデコボコ道をバスの屋根の荷台に座り込み雄大な景色を眺めながらのおおらかな旅であった。
そしてチトワンとの出会いが私の人生に大きな影響を及ぼした。何か自然にかかわる仕事に就きたかった。農業を考えるも心もとなく、何か手に職をと鍼灸の世界に飛び込んだ。何となく自然とかかわりがある気がしたのだ。そして果ては宇宙から人体まで森羅万象をくまなくとらえる中国の自然哲学に触れる中で生薬に興味が及び薬科大学へ。
気づくと果てしない生業(なりわい)の中に今いる。
今でも畑を借りて野菜を作っているのはチトワンと出会い農業を志した時の気持ちを心のどこかで忘れずにいたいからかもしれない。
今回宿泊したのはかつて農場があったチャナウリという町のタル―族(ジャングル時代から住んでいる原住民)の方が経営するゲストハウス。残念ながら当時の農場の場所を特定することはできなかったが、のどかな田舎町の面影は今も残っていた。
オーナーにお願いしてナショナルパークのサファリツアーを手配してもらった。
ジープに揺られること4時間ほど。サイ、ゾウ、そして滅多に出会うことのないトラを見ることができた。
実はこれらの野生動物は生薬として活用されてきた歴史がある。中国の南方イドシナ(タイ、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマー)に棲息し中国に運ばれたのであろう。
犀角は清熱・涼血・鎮驚・解毒、象牙は清熱・解毒・鎮驚、鎮痙、虎骨は壮筋骨・強腰脚・去風寒の効能がある。いずれもワシントン条約の規制により今では使用されていない。
古代より人間はそれらの動物が持つ強力なパワーを何とか身体に取り入れて病気を克服したいと願ったのであろう。染みついた生薬屋の妄想が出てしまったお許しあれ。
ネパールは中国とインドに挟まれ北はヒマラヤ南はジャングルと自然豊かだ。おもな宗教はヒンズー教と仏教であるが古都カトマンズ周辺では中世のさながらの見事な宗教建築群が見られる。
人々は自然と信仰が融合したシンプルで素朴な生活を営んでいるように思える。5度目のネパールの旅であったがやはり魅力的な国である。